ろさたそ
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歌は終わった。しかしメロディーはまだ流れ続けている。
2008-01-12 Sat 16:31
いつからだろう、電車やバスの中での耳に入ってくる他人の会話に聞き耳を立てるようになったのは。

大抵その会話は僕を絶望的な気分に陥れる。

そしていつも、僕は聴くことを拒否する術を持っていない。
もちろん、iPod Shuffleで物理的にシャットアウトすることはできるけれど、一度嫌だと思ったものを強制的にそうするのは敵前逃亡のようで気分が悪い。


なんで絶望的になるんだろう?


その話の内容があまりにも下らないから?


否、そうじゃない。


多くの場合、耳に入ってくる内容は浅薄な人の噂話やどうでも良いテレビの話ではあるが、そういう話だって時には必要だ。


常に本質的な話ばかりしていれば、どんな人間だって磨耗してしまう。
そんなことは僕にだってわかっている。


それに、赤の他人の会話の内容に自分の価値観を押し付けるほど僕は排他的ではないし(傲慢ではあるかもしれないが)、そもそもそんなに他人に興味があるわけでもない。


じゃあ、何が僕に絶望に近い気分を体験させてくれるのか?


それは、彼らの会話の枠組みだ。


端的に言うと、「彼らの会話には質問がない」


これに尽きる。
それゆえ、彼らの会話はミューチュアルじゃない。


よほど読解能力が高い人間(極稀にいることはいるが)以外にとっては、一度も質問をしないで相手の言っていることを理解することは限りなく不可能に近い。


相手の言っていることを論理的に理解することにも「質問」は不可欠だし、その奥に隠れているニュアンスを掴むためには言わずもがなだ。


彼らの会話には質問が全くない。
もちろん、質問と言う形(クエスチョンマークを伴っているという意味で)をとった発言はある。

しかし、そこには相手の言ってることを理解したいという、能動的な意思は存在しない。
これは、ここで言う質問とはその性質を決定的に異にする。


このことが意味するのは、「お互い相手の話に全く興味がない」、もしくは「理解するということ自体を知らない」である。


後者であった場合は彼らの認識(お互い話が通じた)とは裏腹に、その話題である限定的なトピックに関してすら相互理解は成立しない。
(前者であれば、裏腹ということにはならない、そもそも興味がないのだから)


だから僕は、初対面であろうと友人であろうと、積極的に質問や反論をしてくる人間を好むし、信頼する。


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